四月の記憶

2018年05月02日

四月はバタバタしてて投稿が減りました。

投稿し損ねた写真を何枚かアップします。



 桜  
四月の記憶


今年は夜桜見物もできなかったなぁ


節句祭り
四月の記憶


この方の記事であわてて見に行きました。


ヒナゲシ
四月の記憶


丘の上に咲いていました ホントだよ。


ジャコウアゲハ
四月の記憶


フワフワと飛び回るので写しにくいんです。


綿帽子の丘
四月の記憶


綿帽子が多すぎて目移りします。


月と木星
四月の記憶


この日まで曇が続いてたんですが よく晴れてくれました。




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Posted by おっとしぃ at 04:31│Comments(4)写真
この記事へのコメント
こんにちは。

節句祭りに来てくださってたんですね!
今年は桜が早く咲いてしまって、少し残念ですが
お天気はまずまずでよかったです。

出会えませんでしたね~(*´∇`*) 
Posted by ちばちゃんちばちゃん at 2018年05月05日 16:13
◆ ちばちゃんさん コメントありがとうございます。

あなたの記事を見て、あわてて見に行きました。

駐車場に車を止めて、お店の前を突っ切って(お見かけしませんでしたね)
御旅所に行って、止めてある屋台を見て、猿田彦(?)の舞を見て
そうこうしているうちに、時間切れですw

焦って帰って次の(町内の)行事に参加しました。

屋台の舁き手が着物姿なのは(ポスターなどで)知ってましたが役員さん(?)が燕尾服に山高帽・ステッキ姿だったのには驚きました。

近くの祭りにもかかわらず、知らなかった事が一杯の一日となりました。
Posted by おっとしぃおっとしぃ at 2018年05月07日 11:41
再度、こんにちは o(*^▽^*)oエヘヘ!

節句祭りの燕尾服姿の謂れですが
その一説を播州酒見北条「住吉神社」創建1300年記念誌で見つけました。

元々は羽織袴だったそうですが、終戦直後の食料不足に
阪神地区から多くの人たちが物々交換で食料を求めて来たようです。
その中に燕尾服や背広、着物なども含まれていました。
田舎でも洋装化が進むにつれ、それが神に奉仕する最高の儀礼服として
定着したのだろうと書いてありました。
この方が粋だと思ったかもしれませんね(これは、ちばちゃん説)

私たちは昔から見慣れているので言われるまで違和感がなかったです(笑)
でも洋装化の過渡期には羽織袴に山高帽という装いもあったようですよ。
来年はゆっくりとご覧になってくださいね。
ちなみに日曜日は家で接待に勤しんでました (>▽<;;  
Posted by ちばちゃんちばちゃん at 2018年05月12日 16:02
◆ ちばちゃんさん 再度のコメント&解説ありがとうございます。

終戦直後からの習わしだったんですね。
ひょっとして、その移り変わりを実体験されてたりして・・・(笑

冗談はさておき、由来を聞くと「ガッテン」ボタン3回ですな。


>日曜日は家で接待に勤しんでました (>▽<;;  
おおっ、接待を受けたかったなぁ。
Posted by おっとしぃおっとしぃ at 2018年05月15日 11:31
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