戦国時代には

2012年03月23日

各地にお城がありました。

姫路城や大阪城のような大掛かりなものではなく

村を守るため砦といったほうがいいようなもの( 構居 : こうきょ・かまえ )がほとんどですが。


江戸時代になって、それぞれの藩に「一国一城」の命令が出され

多くは跡形もなくなりましたが、わずかにお寺になったりして当時をしのぶ事が出来ます。



こちらの史跡は「石守構居:いしもりこうきょ ( いしもりかまえ )」として、わずかに残されています。















石守構居 : 加古川市神野町石守


江戸時代に編纂された地誌「播磨鑑:はりまかがみ」には

長 七十間  横 二十間 

神納庄在石守村


と記事があります。

120~130m×30~40m程度の広さだったんでしょうか

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この記事へのコメント
こんにちは。

石守にこのような場所があったなんて初めて知りました。
大きな木は桜じゃないですよね。
どの辺りになるのか・・・
少し散策をしたくなりました。
Posted by やな at 2012年03月24日 16:08
◆ やな さん

興味をもたれましたか?

池尻橋から稲美・天満大池方面に約一キロ
小さな橋(あおぞら橋)のすぐ近く(右側)にあります。

付近にはすこし離れていますが日岡公園もあり
春の散策にはよい所です。

>大きな木は桜じゃないですよね。
葉っぱもない裸でしたので木の種類はわかりません
桜でない事は確かですが ^^;
Posted by おっとしぃおっとしぃ at 2012年03月25日 08:40
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